地震予知連絡会の活動報告

第117回地震予知連絡会(1995年11月20日) 議事概要

 平成7年11月20日、国土地理院関東地方測量部において、第117回地震予知連絡会が開催され、国立大学、関係観測機関等から地震活動、地殻活動の観測データの報告があり、議論が行われました。

 以下に主な議事の概要を紹介します。

1.東海地方の地震・地殻活動

 1995年8月から10月までの東海地方とその周辺では、9月〜10月の伊豆半島東方沖の群発地震活動、10月6日からの神津島の地震活動、駿河湾内の地震活動及び長野県西部の地震活動等顕著な活動が見られた(気象庁資料)。

 駿河湾とその周辺では、1992年頃より駿河湾内で地震活動の活発化が見られている(気象庁資料)。特に、駿河トラフ周辺の地震活動を1988年から遡ってみてみると、1992年頃より活発になり、1995年4月からは特に活発な状況にあることがわかる(気象庁資料)。しかし、マグニチュードと領域を変えてみると、やや状況が異なる(防災科学技術研究所資料1資料2)。駿河湾内では、M0.0以上では特に顕著な変化は見られない。M2.5以上で見ると変化が分かるが、1988年〜1990年頃の活動度が低かったとも見ることもできる。ただし、1995年4月からの活発化が顕著である。一方、伊豆半島南部と中部では、1990年頃から地震活動が低下したように見える。伊豆半島中部の地震活動を詳しく見ると、1978年伊豆大島近海地震時に地震活動のあった西伊豆町東部で、1991年頃から活動が不活発になったためと分かる。

 森〜掛川〜御前崎間の上下変動は、10月の測量の結果、7月に比べて掛川・御前崎ともに沈降したことが明らかになった(国土地理院資料資料2)。掛川〜浜岡間を見ると、年周補正後で7月から約9mmの沈降となるが、1992年頃からの沈降の鈍化傾向には変わりはない。

2.伊豆半島の地震活動

 1995年9月11日から10月20日までの伊豆半島東方沖の群発地震活動は、地震総数が9436回、最大地震がM4.8と、1993年5〜6月の活動に匹敵する活動となった(気象庁資料)。東伊豆の体積歪の変化も、1993年の変化と同程度である。

3.兵庫県南部地震後の周辺地域の地震活動

 1995年1月17日の兵庫県南部地震以後、周辺地域の地震活動が変化した。特に、丹波山地の地震活動は、本震前の5倍程度に活発化し、依然活発なままであるのに対し、神戸付近の余震は順調に減少している(京都大学防災研究所資料1資料2)。有馬・高槻構造線の南側はこれまで地震活動の低いところであったが、その南側でも構造線に平行な線状配列が見られていたが、本震の後の活動により、その存在がはっきりしてきた。1月17日の最大余震M5.4は、この線状配列の延長上にある(京都大学防災研究所資料)。兵庫県三田市付近はこれまでほとんど地震活動がなかったところであるが、本震発生後、誘発された地震活動が見られている(京都大学防災研究所資料)。これらの活動は、本震により応力が再配分された結果起きたものと考えられる。

4.奄美大島近海の地震活動

 1995年10月18日から奄美大島近海でM6級の地震が相次いで発生した(気象庁資料1資料2資料3)。地震活動は、18日にM6.7、19日にM6.2とM6.6が発生した後、順調に減衰している。11月1日にはM5.7が発生したが、その後も活動は低下している。この活動の震源分布は、大きく南北2つに分かれるが、M6級の地震は北の活動域で発生している。南側の活動は、M6.7の地震の発生と共に活発になったが、その後低下した。北側の活動は、一旦不活発になったが、19日にM6級の地震が発生したので、この活動の低下は19日のM6級の地震発生の準備過程であったと考えられる。

(事務局:国土地理院)

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