重点検討課題を中心とした議論の紹介
2.プレート境界を対象とした「重点検討課題」
2.1 概観
図2.1.1はフィリピン海プレート沈み込み領域において,プレート境界におけるずれの様式をイメージしたものです.この図のような認識は東北地方太平洋沖地震発生直前時点までは,多くの地震学の専門家に受け入れられていました.東北地方太平洋沖地震の発生を受けて,あまりに単純化した理解は適切でないという反省も生まれましたが,それでもなお,観測されている現象を説明する上で,この図は現在でもある程度有効であると考えられています.
図2.1.1 プレート境界における様々なすべり現象のまとめ 防災科研資料(第182回重点検討課題)
南海トラフなどのプレート境界では繰り返し大地震が起きていますが,これはプレートの沈み込み口である海溝に近いところでプレート境界が強く固着していることと関係しています.このように2つのプレートが境界で強く固着している場所を「固着域」と呼んでいます.ここでは数十年から百年以上の間くっついていたプレート同士が,あるとき大きくずれて,強い地震動や大きな津波がひき起こされます.
ずれの大きな領域よりもやや深い側には,やや長い間隔(数年〜十数年)でしばらくの間(数ヶ月から2-3年程度)ゆっくりずれる長期的スロースリップ領域があります.フィリピン海プレートの沈み込み領域では,東海地方や豊後水道といったところで起きている長期的スロースリップの領域がこれに対応しています.
そして,それより深い側には短い間隔(数ヶ月)で数日間かけてずれる短期的スロースリップが発生する領域があります.この領域では,深部低周波微動や超低周波地震が観測されており,スロースリップに伴って微動や地震が発生すると考えられています.図2.1.2は,東海地方から四国にかけて,南海トラフから沈み込んだフィリピン海プレートと陸側プレートの境界の,ある深さに当たる帯状の場所で発生する深部低周波微動からプレート境界のずれを推定したものです.顕著な微動活動には同時に地殻変動も観測されており,プレート境界でスロースリップが生じていることが明らかなのですが,地殻変動の検知能力は限られているため,より小規模の活動でも検知できる微動を観測することにより,プレート境界で数ヶ月おきにスロースリップが発生していると考えられてきました.
図2.1.2 微動活動から換算したすべり量の積算変化 防災科研資料 (第182回重点検討課題)
さらにそれより深い領域では,プレート境界は常時ずれていて固着していないと考えられています.また現在は見直しが検討されていますが,海溝軸にごく近いプレート境界では,温度・圧力条件等から固着は小さいと考えられていました.
このようなプレート境界像は,西南日本における深部低周波微動の発見,東海地方や豊後水道における長期的スロースリップの検出などに基づいて,多くの専門家が認知するところとなっていました.
一方で,東北日本の太平洋プレート沈み込み帯においては,過去の大地震の履歴から,マグニチュード(M)7〜8の固有地震が発生する固着域が存在するという認識はありましたが,長期的スロースリップや深部低周波微動はこれまで観測されたことがありませんでした.その代わりに,相似地震(小さな繰り返し地震)が発生していて,そこからプレート間のずれ速度が推定されていました.繰り返し起きているM7〜8級の大地震によるプレート間のずれ量は,それらを足し合わせても陸側と海側のプレートの相対移動速度から予想されるずれ量よりも少ないことは以前から知られていました.しかし,それを解消するメカニズムとして東北地方太平洋沖地震のようなM9級の超巨大地震を考えていた専門家は多くなかったというのが実情でした.固着域を挟んでプレート境界の浅い側と深い側については,定常的にずれる領域や地震後のスロースリップ(余効滑り),まだ観測されていない長期的なスロースリップを起こす領域が存在して,それによってプレートのずれ遅れを解消するという考えが「3.11以前」の東北日本のプレート境界像でした.
実際には,海溝軸近くのプレート境界領域を含めた非常に広い領域が東北地方太平洋沖地震時に大きくずれました.つまり,プレート境界の浅い側は,実は非常に強く固着していたことが分かり,東北日本のプレート境界像については見直しが必要となりました.同様に,西南日本においても,従来のプレート境界像が正しいかどうかを改めて確認することが必要であるという認識で,検討が進められています.
関連の重点検討課題 | |
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第182回 「プレート境界深部すべりに係わる諸現象」 | |
【182回の概要】 | 【182回の会報】第82巻 12-1 〜 12-10 |
2.2 プレート境界のモニタリング
現在,日本周辺のプレート境界像は見直しが進められているところですが,今後の地震発生の可能性が高まっているかどうかを知るためには,プレートの沈み込みに伴って固着域周辺に溜まる地殻の「ひずみ」や高まる「応力」の状態をモニタリングすることがより一層重要であると考えています.
プレート境界で発生する巨大地震は,その震源域となる固着域にどのように「ひずみ」がたまり,「応力」がかかっているかを知ることが重要です.これまでに陸側のプレートにおける観測から,プレートの沈み込みに伴い陸側のプレートがどのように変形するかを把握する手法がとられてきました.
もしプレート境界が全く固着しておらず,普段からずれ続けていれば,海側のプレートが滑らかに沈み込み,陸側のプレートは力を受けず変形もしません.逆にプレート境界がずれることなく完全に固着していれば,プレートの運動速度に応じて陸側プレートが変形します(実際のプレート境界の固着の度合いはこれらの両極端の中間にあります).このことから,プレート間のずれる速度を知ることができれば,それをプレート間の固着の強さを表す指標として解釈することができます.
図2.2.1は,日本全国のGNSS観測で得られた地殻変動の状況から,2000年頃と2010年頃のプレート境界の固着状況を推定したものです.固着の強さは,海側と陸側のプレートの本来の相対運動速度から,どれだけその場所のずれ速度が遅くなっているかで表されており,このずれおくれの速度を「滑り欠損」と呼んでいます.西南日本では2つの時期とも南海トラフ沿いに強い固着域が見られます.アスペリティは,地震時に一気にずれて,そこから強い地震動が生成される領域ですが,地震時以外は強く固着しており,図中の固着域の中にアスペリティが存在すると考えられています.図2.2.2はGPS-Aによる海底地殻変動観測から推定された南海トラフの滑り欠損速度で,これまで高解像では分からなかった沖合(プレートの深さ10〜20kmの領域)の固着の状態を示しています.
図2.2.1 東北日本・西南日本の滑り欠損分布 国土地理院資料(第190回重点検討課題)
図2.2.2 南海トラフの滑り欠損速度推定(Yokota et al., 2016) 海上保安庁資料(第215回重点検討課題)
東北日本では北海道東方沖の強い固着域の状況は変わりませんが,東北沖の固着域は2000年頃は強く,2010年頃はやや緩んでいるようにも見えます.実際は2000年頃に強く固着していると推定された領域は,東北地方太平洋沖地震の震源域,すなわちプレート境界が大きくずれた領域と重なっています.このことから,2010年頃の状況は,東北地方太平洋沖地震の発生に先行する固着の部分的な剥がれを意味している可能性がある,という指摘が研究者からなされているところです.
東北日本では,相似地震(小繰り返し地震)という小さな繰り返し地震からプレート境界でのずれをモニタリングできると考えられています.図2.2.3は,相似地震の発生頻度からずれの速度の推定をした例です.これはある程度大きな地震に伴って余効滑りなどが起きると,相似地震の発生頻度が高くなった例ですが,2008年7月に福島県沖で起きたM6.9の地震の後,相似地震の発生頻度が上がっており,それによって推定されるプレート間ずれの時間変化と,ひずみ計の観測結果はよく整合していることが示されています.図2.2.4では,1993年から2007年に発生した小繰り返し地震から推定されるプレート間の固着の強さを示しています.東北地方太平洋沖地震のずれた部分は,固着が比較的強い場所であることがわかりますが,ずれた部分の中には小繰り返し地震が発生してない場所も多く,小繰り返し地震からは固着の程度が推定できていませんでした.また,時間変化については,図2.2.5で,東北地方太平洋沖地震の震源域のうち,プレート境界の浅い側でずれ速度が増加していたことが示されています.このような繰り返し地震のうち大規模なものは,図2.2.6に示すように東北日本の他,南西諸島海溝沿いでも見つかっていて,プレート境界の状態のモニタリングに用いることができると考えられています.
図2.2.3 相似地震とずれ速度 東北大学資料(第183回重点検討課題)
図2.2.4 小繰り返し地震から推定されるカップリング率の分布 東北大学資料(第190回重点検討課題)
図2.2.5 小繰り返し地震から推定される固着の剥がれ 東北大学資料(第190回重点検討課題)
図2.2.6 繰り返し地震の分布 気象庁資料(第183回重点検討課題)
関連の重点検討課題 | |
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第183回 「プレート境界浅部の固着とすべりのモニタリング」 | |
【183回の概要】 | 【183回の会報】第83巻 12-1 〜 12-8 |
第190回 「東北地方太平洋沖地震に関する検討」 | |
【190回の概要】 | 【190回の会報】第86巻 12-10 〜 12-15 |
第215回 「海域モニタリングの進展」 | |
【215回の概要】 | 【215回の会報】第98巻 12-7 〜 12-13 |
2.3 東北地方太平洋沖地震とプレート境界のモニタリング
東北地方太平洋沖地震では,三陸沖から茨城県沖にかけての日本海溝沿いで,非常に大きなプレート間のずれが生じました.このずれの推定は,地震波のデータ,地殻変動のデータ,津波のデータなどさまざまな観測結果に基づいて行われました.代表的な解析結果が,図2.3.1〜4に示されていますが,海域の地殻変動データや津波データを用いた解析では海溝軸近くのプレート境界の浅い側で大きなずれがあったことが推定されており,そのずれ量は20数mから50m以上といった数字が並んでいます.
図2.3.1 陸上GPSデータから推定したずれ量(第190回重点検討課題)
図2.3.2 GPS・GPS/A(陸海)データから推定したずれ量(第190回重点検討課題)
図2.3.3 津波データから推定したずれ量(第190回重点検討課題)
図2.3.4 GPS/A(陸海)データから推定したずれ量(第191回重点検討課題)
このように,海底地殻変動の観測結果を加えて用いることで,地震時に海溝軸付近のプレート境界が大きくずれたことが明らかにすることができたとともに,その一方で地震前の固着域を推定する際に,海底地殻変動のデータが十分でなかったことが,海溝軸付近での強い固着が意識されなかった一因となっていたという反省が生まれました.もちろん,そのようなデータが重要であるという認識は従前からもあり,例えば図2.3.5のような観測成果が2011年初めまでには出てきていることは報告されていたのですが,海溝軸の近くのプレート境界の固着状況を詳しく調べるにはまだ観測点,観測頻度および観測期間が十分ではありませんでした.
図2.3.5 定常的な地殻変動 海上保安庁作成(第189回重点検討課題)
東北地方太平洋沖地震については,地震波,地殻変動,津波,海底地形,構造探査など,さまざまな手段でその地震像を解明するための研究が行われています.この地震時の断層のずれが,海溝軸近くで非常に大きく,また三陸沖から茨城沖までの広い範囲に広がっていることがわかったのですが,過去にこの地域で発生した大地震との関係についても検討されています.
図2.3.6は,今回の巨大地震と過去の大地震の震源域を重ねた図です.20世紀にこの領域で発生したM7級の大地震は,プレート境界の深さ20km以深を震源域としています.今回の巨大地震でも,対応する深さのプレート境界でも断層のずれがあり,そこから強震動を引き起こす地震波が多く放出されたことが確認されました.一方,海溝付近では本震時の大きなずれが推定されたものの,短周期の波動エネルギーの放射効率は低かったことがわかりました.
1896年の明治三陸地震では,地震動は小さいのに非常に高い津波が三陸沿岸を襲いました.これは,明治三陸地震が,海溝軸近くに震源域を持ち,断層ずれ量が大きいものの,地震波のエネルギー放射が低い地震だったことを示します.そして,明治三陸地震の震源域は,今回の巨大地震で大きなずれがあった海溝軸近くの領域で一部重なっています.
図2.3.6 巨大地震・津波地震・M7地震 in 東北沖 筑波大八木氏資料(第198回重点検討課題)
本震発生時及び直前に,プレート境界においてどのような過程で断層のずれが進行して,このような大地震になっていったかということも,重点検討課題の対象となっています.
地震に先行する現象については,いろいろな報告がなされています.最も顕著な現象は,3月9日の前震発生ですが,それより以前の現象として,本震発生の1ヶ月ほど前にスロースリップ及び地震活動の活発化があったことも報告されています.図2.3.7は,2011年2月から3月11日の本震発生までに至る地震活動とその時期に推定されるスロースリップイベントを示したものです.左図では3月9日に至るまでの状況を見ることができます.濃い+でプロットされているのは2月から3月9日の前震(Mw7.2)までに発生した地震です.特に2月18日から28日にかけてM5級の地震が3回発生しているものについては水色の☆で表示しています.宮城県沿岸のひずみ計や宮城県沖の水圧計などの観測点が黄色の□や◇で示されていますが,これらの点で観測された地殻変動を精査すると,上記のM5級の地震が発生した領域で,同じ時期にスロースリップイベントが発生したと解釈できる変化が見つかりました.推定された領域が赤く塗りつぶされた南北に延びる長方形で表示されています.スロースリップイベントは10日間程度続き,そのずれ量はMw7.0に相当すると評価されました.また,スロースリップの領域の西側に水色で示された半月型の領域がありますが,これが3月9日の前震の断層ずれ領域です.この南側に一部重なっている緑色の楕円形の領域が,前震後の余効滑り領域です.右図では,3月9日から11日の本震に至るまでの状況をより詳しく見ることができます.3月9日の前震のずれ領域が灰色で,その余効変動領域がオレンジで示されていて,3月9日から本震発生に至るまでの震源が●で示されています.3月9日の前震の余効滑りは,本震発生までの時点でMw6.8に相当し,前震のずれ領域から見て浅い側の延長および南側で発生したことが分かりました.
図2.3.7 2011年2月から3月11日の本震発生までに至る地震活動とその時期に推定されるスロースリップイベント 東北大日野氏資料(第198回重点検討課題)
図2.3.8では,3月9日の前震が発生して,その余震が3月11日の本震の震源に近づきながら発生した様子を示しています.地殻変動からも推定されたスロースリップがこの領域で発生して,これが本震の引き金となった可能性が指摘されています.また,本震の破壊が始まった後,震源からどの方向に破壊が広がって行ったか,地震計(強震計)の記録から解析した結果が図2.3.9に報告されています.これによると,宮城県沖で始まった断層破壊が海溝側に広がっていったところで,海溝側にあった固着域が大きなずれを引き起こし,超巨大地震へと発展して行ったということが示されています.
図2.3.8 前震と本震の間の地震活動 (第190回重点検討課題)
図2.3.9 強震記録を用いた平成23年(2011)東北地方太平洋沖地震の震源過程 防災科研資料(第191回重点検討課題)
東北地方太平洋沖地震では,本震時に非常に大きなプレート間ずれが生じたため,その後もプレート境界とその周辺でいろいろなことが起きています.まず,非常に多くの余震と誘発地震が発生しています.通常,本震断層の割れ残りが破壊して余震が発生するので,余震域は本震の震源域と重なり,発震機構(メカニズム解)も本震と似たようなものとなります.しかし東北地方太平洋沖地震では,そのような通常の余震以外に東日本一帯の広域で地震活動が活発化しました.図2.3.10はそのような誘発地震の発生が,地殻内にかかる応力状態の変化によって引き起こされたという分析を示しています.東日本内陸に見られるこれらの誘発地震は,プレート境界ではなく浅い地殻内で発生しています.例えば,福島県浜通りから茨城県北部にかけての地震群は,地殻が東西方向に引き延ばされたために発生する正断層タイプの地震です.
図2.3.10 本震以降の東日本の内陸地震活動と静的クーロン応力変化 東北大学資料(第190回重点検討課題)
本震断層の割れ残りが破壊して余震が起きる他に,プレート境界がゆっくりずれる現象「余効滑り」が地殻変動観測から確認されています.大きな地震が発生すると,その本震の震源断層の周辺では本震時にずれ残った部分がしばらくの間ずるずるとずれ続けます.ずれ残った部分ですから,本震時に大きくずれた領域よりは,その周りの領域でのずれが大きくなります.そのような様子を表した図が,図2.3.11に示されています.余効滑りによる地殻変動については,プレート境界での巨大地震発生サイクルを検討する上で一つのポイントとなります.
図2.3.11 余効すべり分布 国土地理院資料(第191回重点検討課題)
測地学的に観測されている地震前,地震時,地震後の地殻変動と地質・地形学的に観測されるより長期間の地殻変動,定常的なプレート運動速度などから,東北地方太平洋沖地震のような超巨大地震を含む地震サイクル(スーパーサイクル)の議論が図2.3.12に示されています.この図では,プレート境界面上のずれおくれが数十から百年間隔で発生するM7〜8級の地震では解消せず,数百年以上のサイクルで発生する超巨大地震によって解消される事を示していますが,実際の現象は単純化されたこのモデルだけでは説明できないこともあります.図2.3.13は,北海道の太平洋岸が数万〜二十万年といった長期間で見ると地質・地形学的に見て隆起しているのに最近数十年の測地学的観測では沈降していたこと,17世紀に発生していたと考えられる巨大地震時にも沈降したことを示しています.しかし,巨大地震の発生後にプレート境界の深部がすべることによって隆起が生じて,それ以前の沈降を上回る隆起となり,地質・地形学的な観測事実を説明しています.東北地方でも,測地学的には沈降が観測されています.図2.3.14,図2.3.15が,北海道と同様に地学的観測と測地学的観測の矛盾を解消するようなプレート境界深部での余効滑りが発生する可能性が指摘されています.また,そのようなプレート深部でのずれが図2.3.16〜18で示されているように海岸の隆起を伴う大地震となる可能性についても議論されています.実際に観測されている余効的な上下変動は地震後1年を経過してかなり小さくなってきており,長期的な変動傾向と短期的な変動量の差を解消するようなメカニズムについては,今後も検討が必要です.
図2.3.12 宮城沖(上)と三陸沖南部(下)における地震発生サイクルのモデル 東大地震研資料(第191回重点検討課題)
図2.3.13 千島海溝沿いの地震時の変動と余効変動のモデル 産総研資料(第190回重点検討課題)
図2.3.14 東北日本弧における最近の垂直変動とプレート境界地震の震源域 東大池田委員資料(第191回重点検討課題)
図2.3.15 岩手県〜茨城県の太平洋岸を隆起させる断層運動 国土地理院資料(第193回重点検討課題)
図2.3.16 三陸海岸の第4紀後期垂直変動モデル1 千葉大宮内氏資料(第193回重点検討課題)
図2.3.17 三陸海岸の第4紀後期垂直変動モデル2 千葉大宮内氏資料(第193回重点検討課題)
図2.3.18 三陸海岸の第4紀後期垂直変動モデル3 千葉大宮内氏資料(第193回重点検討課題)
関連の重点検討課題 | |
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第189回 「海域のモニタリング技術の動向」 | |
【189回の概要】 | 【189回の会報】第86巻 12-1 〜 12-9 |
第190回 「東北地方太平洋沖地震に関する検討」 | |
【190回の概要】 | 【190回の会報】第86巻 12-10 〜 12-15 |
第191回 「東北地方太平洋沖地震に関する検討(その2)」 | |
【191回の概要】 | 【191回の会報】第86巻 12-16 〜 12-20 |
第193回 「東北地方太平洋沖地震に関する検討(その3)」 | |
【193回の概要】 | 【193回の会報】第87巻 12-8 〜 12-16 |
第198回 「東北地方太平洋沖地震に関する検討(まとめ)」 | |
【198回の概要】 | 【198回の会報】第90巻 12-1 〜 12-7 |
2.4 南海トラフ・南西諸島海溝
南海トラフから南西諸島にかけては,フィリピン海プレートが沈み込むプレート境界です.駿河湾から遠州灘,紀伊半島沖,四国沖が東海,東南海,南海地震の発生領域としてこれまでも注目されていましたが,最近はさらに西側の日向灘まで加えた連動による巨大地震の可能性も議論されています.歴史記録では684年の白鳳南海地震までしか遡ることができませんが,津波堆積物の研究から,数千年の履歴のついての検討が進みました.
そのような巨大地震の繰り返し発生について示したものが図2.4.1です.100-150年間隔のM8級地震の繰り返しが歴史記録に残っているのに加え,500年程度の間隔で九州東岸にも痕跡が残る一回り大きい津波を伴うような地震が繰り返していることが分かります.そのような超巨大地震を含む地震サイクルについて,シミュレーション計算で再現したものが図2.4.2です.南海トラフ沿いのプレート境界で,M8級の大地震が東海・東南海側と南海側とで分割して発生する場合と,プレート境界の浅い側・深い側まで含んで一気に破壊する場合が交代しながら発生するような結果が得られていることが示されました.
図2.4.1 南海トラフ沿いの湖沼から明らかになった津波履歴 高知大,産総研,大分大,東大資料(第192回重点検討課題)
図2.4.2 南海トラフ沿いの地震サイクルのシミュレーション結果 海洋研究開発機構資料(第192回重点検討課題)
そのような海溝軸近くのプレート境界浅部でずれるような巨大地震が発生した痕跡についても,海底の構造探査と断層掘削で調べられるようになっています.図2.4.3は高速で断層ずれが発生したことを示唆する痕跡が南海トラフの近くで見つかったことを示しています.日本海溝沿いで起きたような浅いプレート境界まですべる巨大地震が南海トラフ沿いでも起きる可能性について,更に議論が深められる必要がありそうです.
図2.4.3 南海トラフ先端部での地震製ずれ 海洋研究開発機構資料(第192回重点検討課題)
また,さらに西側の南西諸島海溝沿いでは,まだ十分なデータが集まっていませんが,この領域における固着域の広がりについても,検討が始まっています.図2.4.4では,相似地震を使った固着域の検討状況を示しています.
図2.4.4 南西諸島海溝の相似地震を使った固着域の検討状況果 海洋研究開発機構資料(第192回重点検討課題)
関連の重点検討課題 | |
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第192回重点検討課題 「プレート境界に関するわれわれのイメージは正しいか? (その1)南海トラフ・南西諸島海溝」の検討 | |
【192回の概要】 | 【192回の会報】第87巻 12-1 〜 12-6 |
観測網の充実により,南海トラフ沿いではさまざまなタイプの「スロー地震」が確認されています.スロー地震には,特徴的な時定数の短い順に,低周波地震(低周波微動),超低周波地震,短期的スロースリップ,長期的スロースリップと,それぞれ特徴的な時定数を有する滑り現象が存在することがわかっています.南海トラフ沿いのスロー地震は,フィリピン海プレートと陸側プレートが固着している領域に対して,その深部延長と浅部延長で概ね発生しています(図2.4.5).すなわち,プレート境界で大地震が発生する場所を深い側と浅い側で挟むようにスロー地震が起きているのです.これは,プレート境界が固着している領域から固着せずに継続的に滑っている領域に変化する中間的な場所で起きていると解釈されています.ただ,この中間的な領域をよく見てみるとスロー地震が起きている領域とそうでない領域が混在しており(特に浅い側は顕著),解釈には注意が必要です.
スロー地震が起きると,その周辺の固着域には力のかかり方が変わるような変化が起きます.長期的にはスロー地震が起きることが大地震の発生に近づくことになるのです.しかし,大地震の短期的発生予測に対しては,スロー地震のモニタがどの程度貢献できるのかまだよくわかっていません.なぜならスロー地震にトリガされて大地震の震源域が最終的に破壊されるかどうかは,震源域の状態が破壊開始に至るレベルに対してどの程度近づいているかに左右されるからです.そのため今後は,大地震の切迫度評価手法の構築も含めて,スロー地震のモニタリングを注意深く,高精度に継続することが重要です.
図2.4.5 南海トラフ沿いのスロー地震の分布.赤色が深部低周波微動,黄色が長期的スロースリップ,白色が浅部超低周波地震(e.g., Obara and Kato, 2016) 東京大学地震研究所 加藤愛太郎准教授資料(第213回重点検討課題)
関連の重点検討課題 | |
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第213回重点検討課題 「南海トラフ地震」 | |
【213回の概要】 | 【213回の会報】第87巻 12-8 〜 12-14 |
2.5 千島海溝
千島海溝沿いのプレート境界についても,全国のGNSS観測から得られたプレート間の固着を推定する解析が行われています.GNSSで観測された北海道周辺の地殻変動データを用いた計算からは,十勝〜釧路沖の海溝寄りと根室半島〜色丹島沖の陸寄りに強い固着が推定されています.その状況を示したものが図2.5.1です.また,相似地震による固着の推定でも,北海道東方沖には地震活動が低調でかつ相似地震が発生していない領域が存在すること分かります.図2.5.2は,東北地方太平洋沖地震発生前の状況ですが,宮城県沖の海溝寄りと北海道東方沖にそのような領域が示されています.これらの領域の周辺は比較的強い固着が広域に推定され,一部はプレート境界地震の発生域下限まで強く固着していることを示すと考えられます.
図2.5.1 千島海溝沿いの1999/9.2003/8のプレート間固着分布 国土地理院資料(第194回重点検討課題)
図2.5.2 北海道東方沖と宮城県沖の地震カップリングの類似性 東北大資料(第194回重点検討課題)
また,津波堆積物の調査研究などからは,この地域において17世紀に巨大な津波が襲来したと考えられていますが,シミュレーション研究でも,十勝〜根室沖における地震発生サイクルでの超巨大地震発生が再現されるかどうかも検討されています.図2.5.3は,そのような数値計算結果の例です.応力状態が変化すると,あるサイクルでは本震時にずれずに余効滑り域となった領域が,別のサイクル時には地震時にずれる場合があることが示されています.このように余効滑り域と地震でずれる部分は長期的には共存し,あるときには広域で一度にずれる可能性もあります.
図2.5.3 十勝〜根室沖における地震発生サイクルのシミュレーション結果 海洋研究開発機構資料(第194回重点検討課題)
関連の重点検討課題 | |
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第194回重点検討課題 「プレート境界に関するわれわれのイメージは正しいか? (その2)千島海溝」の検討」 | |
【194回の概要】 | 【194回の会報】第88巻 12-1 〜 12-8 |
2.6 相模トラフ周辺・首都圏直下
関東地方では,陸側プレートの下にフィリピン海プレートが南の相模トラフから沈み込んでおり,さらにその下に太平洋プレートが東の日本海溝から沈み込んできて,3枚のプレートが重なり合っています.そのため,プレート境界面や沈み込むプレート内部など,いろいろなタイプの地震が起きる場所であり,地震活動も活発であるとともに,大地震の発生が首都機能に影響を及ぼすような懸念もあることから非常に注目されています.
この地域の代表的な海溝型大地震としては,相模トラフ沿いの沈み込み帯で発生した大正関東地震(1923年,M7.9)と元禄関東地震(1703年,M8.4)があります.図2.6.1は大正関東及び元禄関東の2つの地震の震源域と元禄関東地震の際のずれ量を示し,これと現在の地殻変動観測から推定されるプレート間の固着状況(滑り欠損分布)を比較したものです.大正関東地震の震源域(左上図のA領域)では,蓄積されるひずみが200年から400年間隔の大正型地震で解消されるのに対し,元禄型地震の際にプレート境界でのずれが発生すると考えられてきた房総半島の南方から東方沖までの領域(同B,C領域)では,2千数百年間隔と言われる元禄型の繰り返しではずれ量が合わない(ずれ足りない)という推定結果を示しています.このずれの収支における不釣り合いを解消するためには,房総沖の領域のみを震源域とするプレート境界の大地震が2千年よりは短い間隔で発生するという可能性を指摘しているのです.津波堆積物の調査や,房総半島の海岸地形に見られる隆起の痕跡からも外房側に震源域を持つ大地震の存在が示唆されており,今後解明されるべき課題と考えられています.
図2.6.1 測地と地形・地質との矛盾 産業技術総合研究所資料(第195回重点検討課題)
政府地震調査研究推進本部の委員会である地震調査委員会では地震活動の発生間隔等を評価していて,首都圏直下に関係するものとして「相模トラフ沿いの地震活動の長期評価(第二版)」が公表されています.この長期評価の特徴は,上述の2つの地震を分けて考えずに一括して評価することにより,起こり得る地震の多様性を考慮した評価がされていることです.評価には地形・地質学的資料等も用いられていますが,過去のデータには不確実性があるため,図2.6.2のように不確実性を考慮した統計的な評価が行われています.図2.6.2は地震の発生確率を計算するためのBPT分布を特徴づけるパラメータ(αと平均発生間隔)を推定したものです.ここで推定されたパラメータに基づいたBPT分布から地震の発生確率が計算され,現在公表されている「相模トラフ沿いのM8クラスの地震の発生確率は今後30年以内にほぼ0〜5%である」という長期評価が公表(算定基準日:平成30年1月1日)されています.
図2.6.2 各種データから推定されたBPT分布のパラメータ頻度分布 気象庁気象大学校・東京大学地震研究所資料(第216回重点検討課題)
さて,現在の地震学におけるプレート構造については徐々に理解が進んできているところですが,更なる理解のためには未だ課題があります.
1921年茨城県南部の地震と1987年千葉県東方沖地震は,フィリピン海プレート最東端部の地震波低速度・高減衰域の西縁で発生した横ずれ地震で(図2.6.3の☆印),発生メカニズムはフィリピン海プレート東側の沈み込み遅れで説明できることが指摘されています.また,300か所以上の地震観測点からなる首都圏地震観測網(MeSO-net)等のデータから得られた地震波の速度構造と減衰構造(Q構造)の解析によって首都圏下のプレート構造が詳細に把握できるようになり,図2.6.4に示すとおりフィリピン海プレートの上面の深さは従来のモデルよりも東京湾下では約10km浅くなることがわかりました.
さらに,東北地方太平洋沖地震後の地震活動に着目すると,関東地方では地震活動が活発していて,これらの地震はフィリピン海プレートと太平洋プレートの上面に集中していることが示されています(図2.6.5の右下図).これらの活発化した地震活動の活動度は地震の経過とともに徐々に減衰する傾向にありますが,現在でも東北地方太平洋沖地震の発生前よりも高い状態となっています(図2.6.6).地震活動がプレート境界やその付近で活発化した理由については,東北地方太平洋沖地震後の余効すべりが関東地域まで伝播し,さらに太平洋プレートと接触するフィリピン海プレートの深部が何らかの作用で引きずりこまれたことにより,2つのプレートが普段よりも速いスピードで沈み込んだことによるものと考えられます.
このようにプレート構造や地震活動についての理解が進んでいる一方で,M7クラスのプレート境界地震が発生しない可能性が高いといわれる,フィリピン海プレート直上の蛇紋岩化領域については,その広がりやその直下のプレート境界での摩擦特性等に対する十分な評価はされていません.また,フィリピン海プレートの絶対的な深さや海域での形状等についての理解も十分ではなく,関東地方の地震テクトニクスの更なる理解には課題も残されています.
図2.6.3 フィリピン海プレート内のS波速度構造と過去のM7クラスの地震の位置関係 東京工業大学資料(第216回重点検討課題)
図2.6.4 トモグラフィ解析による速度構造と反射法探査による断面図.東京湾周辺を北東−南西方向に横切るVp/Vs断面図をフィリピン海プレート(PHS)上面の位置を示した.PHS上面は滑らかに沈み込み,東京湾下では,約10km浅く決められた.Vp/Vsは,沈み込むPHSの地殻内や太平洋プレート(PAC)との境界付近で高い値を示し,千葉県十部の地殻内では高減衰域が見られた. 東京大学地震研究所資料(第216回重点検討課題)
図2.6.5 地震活動度の変化.東北地方太平洋沖地震発生後,関東地方で地震活動が活発化した地域を図示した.左図:地震 前後の半年間に発生した M2 以上の地震数の比を色で示した(暖色ほど比が大きい).右図:その一部の南北断面と東西断面.桃色の線は,フィリピン海プレート上面と太平洋プレート上面を表し,活発化した地震は,そこに集中している. 東京大学地震研究所資料(第216回重点検討課題)
図2.6.6 関東地方における地震の積算個数の時系列(M≧3.0).線の色は地震の深さごとの色を表す.最近約1年半と東北地方太平洋沖地震前の地震活動度の比は,浅い地殻内で約2倍,深さ20〜90kmで約4倍. 東京大学地震研究所資料(第216回重点検討課題)
沈み込み帯の構造とは別に,関東地域下の浅いところには,堆積物に覆われた複数の伏在活断層が分布していることが反射波地震探査等の検討によって明らかになりつつあります.図2.6.7は伏在活断層の分布と,東北地方太平洋沖地震を受けてこれらの断層にどのような影響があるかを示しています.東北地方太平洋沖地震から10年後,30年後,100年後の断層面にかかる力の変化(クーロン応力変化)を計算したところ,東北地方太平洋沖地震の影響はほとんどの断層について断層運動が抑制される方向(青色)に働く結果となっています.しかし,高傾斜の断層については伸張の影響による強度低下によって断層運動が促進される方向(赤色)に働く結果となっています.
図2.6.7 首都圏下の伏在断層上における地震時,10年後,30年後,100年後のクーロン応力変化.(Slip 1)全ての断層に対するクーロン応力.剪断応力成分は逆断層方向(aのみ左横ずれ)に対して計算した.(Slip 2)横ずれ成分をともなう逆断層における横ずれ運動に対するクーロン応力変化. 東京大学地震研究所資料(第216回重点検討課題)
首都圏直下地震を理解する上で,実例の分析も重要です.首都圏直下地震の実例となる1855年安政江戸地震の被害の様子は史料に基づいてまとめられているところで,図2.6.8では1855年安政江戸地震による関東地方の震度が示されています.この図では江戸から離れた当時の幸手領でも大きく揺れたことが示されていますが,史料を改めて分析すると家屋の倒壊を表す半潰の解釈が不適切であり,被害が江戸付近に限られる可能性が指摘されています.大きく揺れた地域が江戸付近に限られる場合,この地震の被害の分布は,フィリピン海プレートの沈み込みに伴うM7程度の地震と調和的なものであると考えられます.
図2.6.8 1855年安政江戸地震による関東地方の震度分布(中村・松浦,2011)に第216回重点検討課題報告(新潟大学)の内容を追記
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第195回重点検討課題 「プレート境界に関するわれわれのイメージは正しいか? (その3)相模トラフ周辺・首都圏直下 | |
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第216回重点検討課題 「首都圏直下地震」 | |
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2.7 日本海東縁部
北海道西方沖から新潟県沖に至る日本海東縁部では,1993年の北海道南西沖地震(奥尻島地震,M7.8)などM7からM8級の多くの地震が発生し,地震被害と津波被害をもたらしてきました.これらの震源は南北に分布しており,日本海東縁部にはユーラシアプレートと北米プレートのプレート境界が南北に走っているという考え方もあります.しかし,日本海溝や南海トラフなどの太平洋側のプレート境界のように明瞭な一条のプレート境界ではないことが,地殻構造調査で明らかになりました.複数の断層や褶曲が平行して南北に分布し,幅をもった領域全体で東西圧縮のひずみを解消していると考えられます.
明瞭なプレート境界が存在しないため,この地域の地震がどのような場所で発生しているかが,この地域の地震を理解するためのポイントの1つでした.図2.7.1は地下構造探査による日本海東縁部の地殻構造の分類です.日本海東縁部の地殻構造は島弧地殻,厚い海洋地殻,海洋地殻の3つのタイプに分類され,庄内沖地震(1833年,M7.5〜7.6)・新潟地震(1964年,M7.5)・新潟県中越沖地震(2007年,M6.8)等は島弧地殻内で,日本海中部地震(1983年,M7.7)は島弧地殻と海洋地殻の境界付近で発生したことがわかりました.
図2.7.1 日本海東縁地震発生帯と地下構造の関係のまとめ 海洋研究開発機構資料(第199回重点検討課題)
また,日本海東縁部の南側延長の陸域には,ひずみ集中帯と呼ばれる,周囲に比べてひずみの大きな地域が存在することが知られています.図2.7.2は,GEONET(GNSS連続観測網)の地殻変動観測から計算したひずみ変化です.青の矢印ペアで短縮ひずみが新潟県に帯状に分布しています.短縮の向きは西北西−東南東方向で,その速度は最大約0.2ppm/年程度です.この短縮が(a),(b),(c)3つの期間を通して安定的に見られること,ひずみ集中帯の東側では短縮速度が小さいことが分かります.
図2.7.2 地殻変動にみられるひずみ集中帯における東西短縮 京都大学防災研究所資料(第199回重点検討課題)
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第199回重点検討課題 「日本海東縁部」 | |
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2.8 世界の巨大地震・津波
発生様式の多様性
東北地方太平洋沖地震が発生するまでは,マグニチュード(M)9級の巨大地震が日本海溝沿いで発生するとは考えられていませんでした.しかし,あらためて日本の歴史的記録に残された地震を見直してみると,M9に近い地震があったかもしれないと考えられるようになりました.
近代的な観測が始まって以降の百数十年間に, M9級の地震は日本周辺では発生しませんでしたが,世界では数回発生しています.また,最近の古地震学的研究からは,それ以前にも世界中で巨大地震が繰り返し発生していることが明らかになってきています.
図2.8.1は世界における1976年以降のM7.0以上の地震と,20世紀以降に起きたM9.0以上の地震を表示したものです. 1952年カムチャッカ地震(M9.0),1960年チリ地震(M9.5),1964年アラスカ地震(M9.2), 2004年スマトラ・アンダマン地震(M9.1),2011年東北地方太平洋沖地震(M9.0)と,百年余の間に5回のM9級の地震が発生しています.これら全てが,沈み込むプレート境界で発生したものです.
図2.8.1 Global CMT catalog による M7以上の地震 東大地震研資料(第197回重点検討課題)
では,全ての沈み込むプレート境界で,このような巨大地震が発生するのでしょうか?
以前は,沈み込む海のプレートの年代が若い場所,例えばチリやアラスカなどではM9級の地震が起きてひずみを一気に解放し,プレートの年代が古い場所,例えば日本海溝などではM7〜8級が「固有地震」として起きてエネルギーを小分けに放出すると考えられていました.
しかし, 2004年スマトラ・アンダマン地震や2011年東北地方太平洋沖地震は,その考え方が正しくなかったことを明らかにしました.図2.8.2は,世界の様々な沈み込むプレート境界で巨大地震がどのような発生の仕方をしてきたかを時空間的に模式化して示したものです.この図からは,地震の発生様式は地域によって多様であるだけでなく,同じ地域においても時期が異なれば発生様式が違うことがあると見て取れます.
図2.8.2 プレート間巨大地震の多様性 東京大学地震研究所資料(第197回重点検討課題)
例えば,チリ地震の発生領域では,固有地震的に1960年に発生したようなM9.5の地震が繰り返しているのではなく,1700年代,1800年代にはそれより小さい地震が発生したと推定されています.
一方,スマトラ・アンダマン地震の発生領域では,1800年代から1900年代にかけてM7〜8級の地震が海溝沿いに並ぶように発生していました.それ以前の記録は知られていなかったので,この領域ではM8未満の固有地震が発生すると考えられていたのですが,2004年にM9.1の地震が発生しました.その後,それまでの津波堆積物を捜すなどで古地震的な調査をした結果,過去にも大津波を伴うM9級の地震が発生していたことが推定されました.
図2.5.2の上段は日本周辺の領域です.南海トラフ沿いの地震は1707年の宝永地震が東海・東南海・南海の領域全部が震源域となる大きなもの,1800年代(安政)や1900年代(昭和)の地震はその一部で2回に分かれて発生したものとして,発生様式に多様性があることが以前から知られていました.日本海溝沿い(東北)は1800年代から1900年代にM7〜8級の比較的小さな領域を震源域とする地震が分散して起きていたものが2011年に大きな領域が一度に震源域となったことは本項の最初に書いたとおりです.千島海溝沿いの南部(北海道)では,1800年代,1900年代のM8前後の地震のほかに,これらより大きい巨大地震が500年おきくらいに発生していることが,以前から過去の巨大津波の痕跡より推測されていました.このように,日本周辺でも,プレート境界の巨大地震の発生様式は多様です.そのことを認識した上で,将来の地震の発生様式を考えていくことが必要です.
プレート間固着状態の地域性
M9級の巨大地震が発生するプレート境界は,通常は沈み込むプレートと陸側のプレートが強く固着していて,ひずみのエネルギーを多く溜めやすい場所であると考えられています.GNSSで地殻変動を観測することにより,プレート間の相対運動のうちひずみとして蓄積する量(=固着の強さ)を推定することができ,ひずみの蓄積量をすべり欠損と呼びます.図2.8.3は固着の強い場所(固着域)を示したものです.赤い領域は,年間約2㎝以上のすべり欠損が地殻変動の観測から推定されている場所で,日本周辺は西から南海トラフ,日本海溝,千島海溝沿いと固着域が続き,カムチャッカからアリューシャン,アラスカ,北米カスケード地方(米国北西部・カナダ南西部),中米から南米にかけて分布しています.すなわち,太平洋の北縁及び東縁では,多くの固着域が見つかっています.図中に"★"で示されているのが,1900年以降のM8.7以上の地震です.まさに測地学的に確認された固着域で巨大地震が発生していることがよくわかります.
図2.8.3 測地観測から推定されたカップリング領域(環太平洋領域) 国土地理院資料(第197回重点検討課題)
大きく見るとこれらの固着域は巨大地震が発生する場所と言えますが,詳しく見ると,それぞれの領域で異なった特徴があります.
例えばアリューシャンでは,海溝沿いに並んだ島々での地殻変動を見ると,固着域とそうでない場所があるようです.固着域ではプレート境界の深さ50kmくらいまで,幅160kmも固着している場所もあれば,固着が弱くて海のプレートがスムーズに沈み込んでいる場所もあります.また,1957年アリューシャン地震(M8.6)の震源域の真ん中でも,現在は固着が弱いと考えられる場所もあり,巨大地震の震源域全体がべったりと固着しているわけではないことが推定されます.
アラスカでも1964年の巨大地震の震源域は2つのアスペリティに分かれていて,その中間は固着が少し弱いと考えられています.このようなことから,固着が弱い場所がM8級の地震が発生する領域を区切っているけれど,ときにはM9級の巨大地震がその境界を超えて広い震源域になることもある,という活動の多様性が考えられるのです.
また,北米カスケード地方では海溝沿いに固着の強さは余り変わらないけれど,固着域の幅には場所によって違いがあると推定されています.
チリでは非常に固着が強いうえ,固着域の幅も最大300kmに達するような場所が推定されていて,深さも55kmまで達するところまで固着しているなど,世界最大級の地震が発生する場としてふさわしい状況が見られます.
一方,西太平洋のニュージーランドや伊豆,マリアナ海溝沿いは,固着が弱い場所と考えられています.ニュージーランドの北側では,大きいスロースリップイベントが発生することが観測されていて,このようなイベントでひずみを解放することで巨大地震を発生させないでいると考えられます.
このような固着度の違いの地域性は,かつて考えられていたような海のプレートの年代などでは簡単に説明できるものではありません.固着度の違いについて複数の要因を考えて説明するモデルも提案されています.現在では,全ての沈み込み帯で巨大地震が発生しうるという考え方と固着が弱く巨大地震を起こさない沈み込み帯もあるという二通りの考え方があり,今後も検証が必要な課題です.
プレート境界の固着域周辺において,スロー地震が起きた場所では応力が解放されるものの,その周辺域では逆に応力が増加します.スロー地震の発生域がプレート境界の固着域に隣接している場合,スロー地震が起きることで固着域へ応力が少しずつ加わることを意味しており,スロー地震が応力載荷過程を通して巨大地震の発生を促進する可能性が考えられます.一方で,スロー地震が固着域内を伝播することで,滑りや流体移動を通して断層の強度低下を引き起こし,巨大地震の発生を促す可能性も挙げられます.
プレート境界の滑りが巨大地震発生の直前になめらかな加速的変化を示す事例は見つかっておらず,プレート境界の滑り速度のモニタリングから巨大地震の発生を高い確度で予測することは2018年時点での知見では不可能です.
今後は,長期評価をベースに,地震活動やプレート境界の滑り速度変化が作り出す地震発生確率の時空間発展を組み合わせることで,時空間で変化する確率論的な地震発生予測モデルの構築が必要不可欠です.
図2.8.4 プレート境界面の固着のはがれを示す概念図(固着レートの高い地震発生層内の場合)東京大学地震研究所資料(第221重点検討課題資料)
図2.8.5 プレート境界面の固着のはがれを示す概念図(固着域の深部延長におけるスロー地震発生域内の場合)東京大学地震研究所資料(第221重点検討課題資料)
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第197回重点検討課題 「世界の巨大地震・津波」 | |
【197回の概要】 | 【197回の会報】第89巻 12-7 〜 12-16 |
第216回重点検討課題 「予測実験の試行05」 | |
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2.9 千島海溝・北海道東方沖と三陸北部における巨大地震
地震調査委員会は2017年12月に「千島海溝沿いの地震活動の長期評価(第三版)」を13年ぶりに改訂しました.
これによると, 霧多布湿原などでの津波堆積物調査に基づき,超巨大地震(17世紀型)が今後30年以内に発生する確率は7〜40%と算定しています.また, 地震の規模は, 東北地方太平洋沖地震のような海溝軸付近に大きなすべりを想定したモデルに基づきM 8.8程度以上と推定し, 前回の地震から400年程度経過していることから, 切迫している可能性は高いとしています.
図2.9.1 長期評価(第三版)対象領域 東大地震研資料(第220回重点検討課題)
評価対象地震 | 発生領域 | 規模 | 確率 |
超巨大地震 (17世紀型) | 十勝沖から択捉島沖(根室沖を含む) | M8.8程度以上 | 7〜40% |
プレート間巨大地震 | 十勝沖 | M8.0〜8.6程度 | 8 % |
根室沖 | M7.8〜8.5程度 | 80%程度 | |
色丹島沖及び択捉島沖 | M7.7〜8.5前後 | 60%程度 | |
ひとまわり小さい プレート間地震 |
十勝沖・根室沖 | M7.0〜7.5程度 | 80%程度 |
色丹島沖及び択捉島沖 | M7.5程度 | 90%程度 | |
海溝寄りのプレート間地震(津波地震等) | 十勝沖から択捉島沖の海溝寄り | Mt8.0程度 | 50%程度 |
プレート内地震 | やや浅い領域 | M8.4前後 | 30%程度 |
やや深い領域 | M7.8程度 | 50%程度 | |
海溝軸外側の地震 | 千島海溝の海溝軸外側 | M8.2前後 | 不明 |
表2.9.1 長期評価(第三版)今後30年間の地震発生確率(2018年1月時点) 東大地震研資料(第220回重点検討課題)
北海道東部の沿岸の地層から, 17世紀発生した超巨大地震による巨大津波や地殻変動の痕跡が発見されています.
北海道東部沿岸の地層中に含まれる珪藻化石(種の構成から過去の沿岸環境の変化を復元できる微生物の化石)を分析したところ, 17世紀発生した超巨大地震ではプレート深部の余効すべりにより, 沿岸部が1〜2m隆起したことが推測されました.
さらに, この地域には同様の隆起や巨大津波を伴う超巨大地震が過去2500年間に少なくとも5回(平均340年〜380年の間隔)発生していることも明らかになっています.
北海道東部の花咲では現在約1cm/年の非常に速い沈降が確認されています.そこで, 超巨大地震のサイクルを400年とし, 現在の沈降速度を当てはめると1サイクルの沈降量は累積で4mにもなります. 一方, 17世紀の超巨大地震での隆起量は1〜2mと推測されていますが, それを考慮してもトータルでは沈降を示すことになります.
しかし, 現実的にはこの地域は長期的な隆起傾向にあるため, 図2.9.2に示すとおり, 沈降速度は一定ではなく, 超巨大地震のサイクル後半に沈降が加速したと考えれば, その矛盾を説明することができます. そして, この考えに従えば, 現在はサイクル後半のフェーズに当たる可能性があります.
図2.9.2 北海道東部太平洋岩にいける地殻変動サイクルに関する一つの考え方 産総研資料(第220回重点検討課題)
北海道東方沖の相対的地震活動度(通常の地震活動からの乖離)の静穏化をみてみます.
北海道東方沖の地震活動を見るために, 図2.9.3に示すように全期間に1つのETASモデルを当てはめた場合, ほぼ全ての相対的沈静化は2008年10月頃から約7年間継続し, その後, 2015年後半から通常の状態に戻りつつあることがわかります.このような地震活動の静穏化は, 2011年に発生した東北地方太平洋沖地震前にも確認されています.
17世紀に発生した超巨大地震から約400年経過し, さらに, 1973年根室半島沖の地震は小規模だったことから, この静穏化に対応する地震の規模は大きいことを示唆しています.
北海道東方沖で超巨大地震が発生すると津波は北海道東部にとどまらず東北地方にも及ぶことを改めて認識するとともに, この地域での地震活動や地殻変動等のモニタリングを強化する必要があります.
図2.9.3 全期間に1つのETASモデルを当てはめた場合.上図は通常の時間軸, 中図はFLT軸の累積地震数.下図は10個発生する期間毎のO-CをN(0,σ)に変換したもの.1目盛りはσ.3 σ以上の静穏化は半世紀で今回だけ 地震予知総合研究振興会資料(第220回重点検討課題)
図2.9.4 図2.9.3に使用した地震解析領域(赤) 地震予知総合研究振興会資料(第220回重点検討課題)
2008〜2015年に地震活動の相対的静穏化が見られるとの指摘がある北海道東方沖について,周辺における地殻変動の変化の有無について検討しました.GNSSによる地殻変動観測結果を精査すると,静穏化が終息した2015年以降,根室付近の沈降速度がわずかに増加するなどの変化が見いだされます(図2.9.5).また,潮位観測結果からは,長期的な沈降が継続していることがわかります.近年の潮位観測結果に見られる変化には東北地方太平洋沖地震による広域の地殻変動や海面上昇の影響が含まれている可能性があり,実際に変化が生じているかどうかについては注意深い検討が必要です.
図2.9.5 根室付近の非定常な地殻変動 国土地理院資料(第221重点検討課題資料)
図2.9.6 花咲検潮所(気象庁)の潮位観測データと補正結果 国土地理院資料(第221重点検討課題資料)
千葉県以北から北海道に至る太平洋側では, 日本海溝軸の外側までモニタリングをしています.
防災科学技術研究所が運用・管理している日本海溝海底地震津波観測網(S-net)は, 海底地震計, 海底水圧計等を装備した観測点を5,500kmの海底光ケーブルで陸上と結んでいる世界初の広域・多点のリアルタイム海底観測網です.
2016年2月からデータ伝送が開始され現在では, 図2.9.7に示すとおり海溝軸外側の海域も含めて, 日本海溝沿いに150観測点が稼働しています.S-netは, 長年にわたり欠測することなく運用していくために観測機器や観測データ伝送路の冗長化を図り, 耐障害性を高めています.
S-netと陸の観測網を合わせる事で海溝軸外付近まで概ねM1.5以上の地震の検知が可能となりました. また, S-netの運用により海域で発生する地震の震源決定精度も向上しています.
地震が起きると, 「断層の向き」や「ずれの方向」などを示す発震機構解が出されますが, S-netの運用によりM3.5程度以上の地震であれば, 北海道沖から房総沖の海溝軸周辺までの範囲では初動極性による発震機構解を求める事ができる可能性があります.
図2.9.7 S−netの観測点 防災科研資料(第220回重点検討課題)
日本海溝地震発生帯の地下構造と, その地震学的意義について考えてみます.
巨大地震と地下構造の関係を検討するため, 日本海溝アウターライズ(日本海溝の外側の領域)から海溝軸までの地下構造探査を実施しました.この結果, 図2.9.8に示すとおり大局的に見ると厚さ約500mの堆積層が分布していますが, 局所的には海洋性堆積層が非常に薄い領域が存在していることが明らかになりました.
北緯39.5°付近にある薄い堆積層域では, 遠洋性堆積層にある遠洋性粘土層の連続性が途切れていますが, ここは, 年代の新しい海底火山, プチスポットのある領域であるため, プチスポット火成活動に起因する構造変化と解釈できます.
地球深部探査船「ちきゅう」による掘削では, 海溝軸での巨大滑りは遠洋性粘土層に沿って伝搬したことを示しました.北緯39.5°付近では遠洋性粘土層の連続性が途切れており, また, 図2.9.9に示すとおり, 地震前後の海底地形データより北緯39.5°付近は地震時の海溝軸巨大地震性すべりは確認されていません.以上より, この不連続構造が海溝軸巨大地震性滑りの北方伝搬を止めた構造要因と解釈できます.
図2.9.8 (右)平均的層厚の堆積層構造 (左)成層した堆積層の下に散乱の強い堆積層 海洋研究開発機構資料(第220回重点検討課題)
図2.9.9 粘土層の連続性が途切れている領域では, 有意な地震時地形変動は確認できない 海洋研究開発機構資料(第220回重点検討課題)
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